柴田光玲氏がらくがきの中にキラリと光るものを見つけたきっかけ
柴田光玲氏の母親が若い頃に雑誌モデルをしていたこともあり、
小さいころからブランド品の子ども服を身につけることが多くありました。
物心つく頃には自分で洋服を購入してコーディネートを楽しんでおり、
周囲からはお洒落な人だと見られていました。
大学を卒業してからは柴田光玲氏が自ら海外に買い付けした商品を販売する
セレクトショップを経営していましたが、
品物を横から横へ移動させるだけということに、
退屈さを感じるようになりました。
商品の立案から制作、
販売まで全てを行いたいと考えるようになり、
大学時代の友人に相談することにしました。
その友人は商社で働いていますが、
商品を製作するのであれば、
デザインが勝敗を決めるというアドバイスをくれました。
柴田光玲氏は物の見る目はあるものの、
デザイン力がなかったので、
デザイナーを探すことにしました。
しかし既存のデザイナーは斬新さを感じることがなかったので、
柴田光玲氏は一般募集をすることにしました。
一般からはらくがきのような作品も寄せられましたが、
実はその中に斬新さを感じる作品があることに気付きました。
柴田光玲氏がらくがきの中にも宝石の原石があることに気付いてからは、
らくがきビジネスとして作品を一般から募集するプロジェクトを
継続的に行っています。